産婦人科

新型インフルエンザワクチン、本当に接種して大丈夫?~特に妊婦に対する接種について~

著/大阪大学医学部環境医学教室 武田 玲子

最近のマスコミの報道は、今にも重症のインフルエンザにかかるかもしれないと脅迫しているようです。インフルエンザに効くとされるタミフルやリレンザの有効性や安全性について不安を抱える人もいるでしょう。結果として、新型インフルエンザワクチンができ次第何とか自分にも、うってもらいたいと考えるように誘導している様です。私が一番危惧するのは、健康な妊婦に対するワクチン接種です。

新型H1N1インフルエンザウイルスの特徴

抗インフルエンザ薬のタミフル、リレンザに今のところ感受性があり、早期治療は有効です。(ただし小児への投与や腎透析を受けている人は少量にする必要があるなどの制約があります。妊婦については、抗ウイルス薬の認可に際して行われた臨床実験によると、妊娠した動物に異常を起こすことが判明しています。)しかし、タミフルが効かない(タミフルに耐性を持つ)ウイルスがデンマーク、香港、カナダ、大阪、山口、徳島、岩手などで出現しています。ヒトH1N1亜型ウイルス(ソ連型)とは抗原性が大きく異なる(交差免疫はほとんどない)ので、現在の季節性ワクチンは新型インフルエンザには有効ではありません。新型インフルエンザは季節性インフルエンザよりも伝播力が強いと考えられます。

厚生労働省の新型インフルエンザに対するワクチン政策の考え方

(国立感染症研究所ウイルス第3部、WHOインフルエンザ協力センター田代眞人氏・厚労省意見交換会資料)
1.有効性は100%ではないが、ワクチン接種をしない場合には、健康被害の危険が高い
2.予知できない副作用が出現する可能性がある
3.供給量の限界がある
4.ワクチン接種優先順位を決めておく必要がある
5.有効性が十分に確認されたワクチンを少数者に接種するよりも、有効性が多少不十分なワクチンでも多数に接種した方が、社会全体での流行と健康被害に対する抑制効果は高い
6.緊急時においては、早急にワクチン接種を行う必要がある為、十分な有効性と安全性を確認する為に時間を割くことは不可能である
7.ワクチン接種による健康被害は、ある程度許容せざるを得ない
8.以上の項目を事前に国民に対して十分に説明し、理解を得ておく必要がある

ワクチン製剤の副作用

1.従来のインフルエンザワクチンの副作用
ショック、急性散在性脳髄膜炎、ギランバレー症候群、けいれん、肝機能障害、黄疸、喘息発作

2.防腐剤として使われるチメロサール
防腐剤として使われるチメロサールは、有機水銀であり、神経に対する毒性が懸念されます。ただし、妊婦の希望者はチメロサールが入っていない新型インフルエンザワクチンを接種することができます。

3.輸入ワクチンについて
輸入ワクチンには効力を高めるために、スクアレン油が添加されているものがあります。この副作用は、湾岸戦争症候群(湾岸戦争に従事した兵士が罹患した、関節炎、繊維筋痛症、リンパ節腫脹症、発疹、慢性疲労、脱毛、頭痛、呼吸困難、記憶障害、SLEなど)に似た症状が現れるとされています。
製薬会社は、緊急時であるとして、副作用について免責を求めています。輸入ワクチンについて200人の臨床実験が予定されていますが、この数はあまりに少なすぎます。

妊婦に対するワクチン接種の安全性は確かめられているのか

US-ACIP(アメリカ免疫ワクチン実施勧告委員会)は、歴史的に妊娠中のワクチン接種について懐疑的で、「妊娠中のワクチン接種の安全性については、追加のデータが必要」としてきました。2007年までは、「妊娠女性に接種した時に、胎児に対して危害を加える、あるいは、生殖能力に影響するかは不明である」と警告し続けてきました。ところが、2008年の記述はもっと肯定的な結論に改変されており、「入手できるデータは、インフルエンザワクチンは、妊娠女性に接種した時に胎児に対して危害を加える、あるいは、生殖能力に影響することはないことを示している」と変更しています。このちがいは重要です。ワクチン接種の安全性について、「危害に対する証拠がない」と「危害を与えないという証拠」は全く異なります。後者の表現を可能にするには、非常に多人数についての追跡調査が必要です。妊娠は必ず分娩に至るものではなく、初期に原因不明の流産が起こる事があります。これを自然流産といいます。自然流産率は15%といわれています。ワクチン接種により、1000人あたり1人自然流産が増す(0.1%増す)ことを示す為には、(接種した妊婦200万人とコントロールの妊婦200万人合わせて)400万人が必要です。このような調査は見当たりません。今回の妊婦に対するワクチン接種は大規模な臨床実験といっても良いのです。

日本でも(季節性)インフルエンザワクチンの効能書には、「妊婦の接種に関する安全性は確立していないので、妊婦または、妊娠している可能性のある婦人には、接種しないことを原則とし、予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断される場合のみ接種すること」となっています。では、今回の新型インフルエンザの場合、有益性が危険性を上回るのでしょうか?今回の新型インフルエンザの場合、特に妊娠初期では、否です。新型インフルエンザの先進国における死亡率の予測値は、当初メキシコのデータから予想された0.4%よりずっと低いのです。(euro surveillance Vol.14issue 26.2 July 2009)。それによると、カナダの新型インフルエンザのデータからの予測値は0.0004%から0.003%で、アメリカにおける季節性インフルエンザからの(65歳以下の)予測死亡率(0.004%から0.06%)よりも低いのです。予測値はもちろん様々な制約があるとかんがえられますが、もし、死亡率が増えている国があるとしたら、その原因を明らかにし、改善に努めることが必要です。

インフルエンザワクチンが胎児に及ぼすリスクの可能性

胎児死亡とインフルエンザ罹患の関係は古く、1918年から1919年のスペイン風邪の時に妊娠の停止があったと報告があります。しかし詳細な検討の結果は、胎児死亡と母体のインフルエンザの罹患は関係が見られないということでした。NACI、ACIPともに、妊婦にワクチン接種を勧める理由として、胎児死亡を減らす為とは言っていません。1957年のインフルエンザの世界的大流行の時に妊娠初期と中期でインフルエンザに罹患した患者の出産した子供が、何十年もたった後、統合失調症の発症と関係していると報告され、長い論争が続きました。2004年に、母親のインフルエンザ抗体を計測し子供の統合失調症との関連を調べられました。その結果、母親が妊娠第一期にインフルエンザに罹患すると、オッズ比※1.7(95%信頼限界0.7-75.3)で統合失調症に罹りやすくなり、第二期ではオッズ比1.1(95%信頼限界0.3-3.9)、第三期ではオッズ比1.1(95%信頼限界0.5-2.6)でした。妊娠第一期と二期を合わせるとオッズ比は3.0(95%信頼限界0.9-10.1、p=0.052)でした。動物実験で確かめられたのは、この異常は、ウイルスそのものによるものではなく、母体がウイルスに対して行う、免疫反応が引き起こすものである事がわかったのです。インフルエンザワクチンは、母体に抗体を作るのが目的です。この抗体が胎児の神経細胞を攻撃し胎児の神経系に異常をきたすことは十分考えられます。妊娠中に服用した薬が何十年も後になって異常を引き起こしていることが判るということは、流産防止剤DESの事件を思い出してみれば明らかです。

妊娠と免疫

私たちの体は、自己以外と自己を厳密に区別していて、自己以外を攻撃するようになっています。これが免疫です。妊娠は自分の胎内に他者が存在する特殊な状態です。胎児が攻撃されないように、妊娠中は免疫を低下させて胎児が排除されるのを防いでいます。しかし、免疫の低下は妊娠数週によるものです。妊娠40週を三つに分けると第一期(4週から15週まで)では非妊時と変わらず、第二期(第16週から27週まで)には少しずつ低下し、第三期(28週から39週まで)にはさらに低下し、分娩直前に最低となり分娩後再上昇します。脂肪が報告されるのは第三期が最も多いのです。

アメリカで、2009年4月半ばの間に新型インフルエンザでなくなった妊婦は、6人です。その内訳は、妊婦11週1人、妊婦27週1人、妊婦30週1人、妊婦32週、妊婦35週1人、妊婦36週1人となっています。妊婦11週の人は血栓のできやすい要因の持ち主でした。その他の2人も病気を持っていました。ブラジル、メキシコでの妊婦のインフルエンザによる死亡の詳細は不明です。しかし、これらの国では妊産婦死亡率はとても高いのです。

妊産婦死亡は日本では、2004年には出生10万人に対し4.8人、2008年に10万人に対し3.6人でした。ブラジルでは10万人に対し250人(2000年)でした。メキシコでは50.2人(2003年)です。それに対し妊産婦死亡が3.8人(2004年)と低いオーストラリアでは、冬が過ぎた後の妊婦の死亡(妊娠時期の詳細は不明です)は4人と少なかったのです。オーストラリアでは、新型インフルエンザの死亡率は当初の予想(諸外国における平均値)より低かったのです。死亡が少ないはずの日本で、脳症で死ぬ人が多いとすればその原因も検討すべきです。ボルタレンなどの解熱剤の乱用によるサイトカインストーム※2が起こって、そこにタミフル等の脳に影響を与える抗ウイルス剤を投与した為に呼吸停止が起こることが原因ではないかなど、インフルエンザの経過の取り扱いの差異を詳細に検討する必要もあります。

メキシコでは、人口の50%は医療保険に入れず、インフルエンザにかかったとしても医療を受けられない人がたくさんいます。この人たちは、栄養状態も悪く、免疫力も低下しているでしょうし、薬局でボルタレンなどの解熱剤を買う以外に方法はないのです。

妊娠初期の期間形成期はワクチンを避けるべきです

新型インフルエンザの蔓延が始まったメキシコでは妊婦の死亡が例外的に多いと報告され、日本でも妊婦は優先的に新型インフルエンザワクチンを接種することになりました。

日本では、おそらく妊婦の死亡率は妊産婦死亡率が日本よりもやや低いオーストラリアに比べれば少し高いかもしれません。しかし、ブラジル、メキシコに比べればずっと少ないことが予想されます。ですから、「妊婦の接種に関する安全性は確立していないので、妊婦または、妊娠している可能性のある婦人には、接種しないことを原則とし、予防接種上の有益性が危険性を上回ると判断される場合のみ接種すること」という厚生労働省がとってきた今迄の原則を変えるべきではありません。しかしながら、10月18日厚生労働省は、季節性と新型のインフルエンザワクチンについて「妊婦には原則接種しない」としていた添付文書の「接種上の注意」の記載を削除することを決めたのです。

ワクチンは治療薬ではありません

ワクチンは、治療薬とは異なり、健康な人に一律に接種するものであり、発病したときに用いる治療薬よりも、長期、短期にわたる副作用が少ないことを前提にすべきです。特に期間形成期である妊娠初期のワクチン接種は現在のところ避けるべきです。

※1  オッズ比とは、その関連の強さの指標で、オッズ比が高いほど、その因子と病気の関連性が高いことを示します。疫学研究における95%信頼区間とは、オッズ比などが95%の確率で存在する範囲を示しています。また、その範囲(95%信頼区間)の上限を上限値、下限を下限値と言います。

※2  サイトカインとは、人間の体の中で作り出される分泌因子で、免疫細胞、つまり白血球やリンパ球の働きを強めたり弱めたりして調節するものです。免疫を最適に保って、外敵を攻撃して体を守ってくれるのです。この免疫の最適バランスが崩れて、たくさんの種類のサイトカインが過剰に放出され、免疫細胞が一斉に活性化され、自分自身への攻撃が起こる。それがサイトカインストームです。

新型インフルエンザにより死亡した妊婦の週数(2004年4~6月、アメリカ)

妊産婦死亡率(10万人の出生あたりの妊産婦死亡数)

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